日英翻訳を使いこなせないのは翻訳精度が問題なのか

今回は日英翻訳を使いこなせないのは翻訳精度の問題なのかという話をさせていただきます。以前投稿したDeepLではなくGoogle翻訳の話ですね。
https://www.mine-think.com/?p=307

私の考えとしてはそうではないという考えです。Google翻訳をDeepL翻訳との対比で使いはしましたが、Google翻訳自体も2016年の大幅リニューアルで機械学習を採用しているので、確かに制度は上がっているんですよね。

では何故日本語を英語に翻訳する際文章が誤ったものになってしまうのでしょうか。私はこの理由を、翻訳を使いこなすだけの日本語力が日本人に備わっていないからだと考えます。

皆さんは日本語力として文章力というものを学校で鍛えた経験はあるでしょうか。国語の授業は当然受けていると思いますが、日本語の仕組みについて学んだり、文章を書かせてその文章の正誤を文法的にレビューをもらうような精度では、おそらくやっていないのではないかと思います。

日本語というものは良くも悪くもいい加減でも受け取る側の努力で伝わる言語なので、学生時代に文章力がないことを指摘する機会も少なく、使っている本人もそれによって意味が通らないという機会がないため、自身の日本語文章力のレベルを知る機会はありません。

では大人になった時に正される機会があるかというと、これもかなりの信頼関係がない限りはあり得ないかと思います。例えば英語ができない、歴史を知らない、経済学の知識が無い、自分が携わる分野の知識が無いなどはプラス(加点)象限の項目で、「できた(わかってた)方がいいよ。」というレベル上げの提案が成り立ちます。
対して日本語文章力はできているつもり、できて当たり前という認識で大人になることからマイナス(減点)象限の項目であるため、自覚がない分言われる方の衝撃が桁違いになります。 日本人に日本語文章力が無い事を突き付けなければいけないため、言う側にも工夫と勇気が求められるという事です。

簡単な例だと「野菜はあまり食べません。」という文章は日本語的には意味が通じると思いますが、「野菜は」は主語ではなく話の主題(英語で言うところの目的語)であるため、これを翻訳させやすい文章にするためには「私は野菜をあまり食べません。」にする必要があります。
上記のような細かな文章の推敲を怠ることで翻訳ツールの本領を発揮させられないという事です。

少し前までの大学受験問題解答AIは「同じ事を説明している文章を探しなさい。」という同義文判定が苦手だったといいますが、日本語というのは言っていることが同じだけど文章構造が違うのオンパレードな言語なので、翻訳泣かせなのかもしれません。日本語を勉強する外国人の方に日本語の意味不明な部分を訊くと、中々面白い話が聞けると思います。

とはいえDeepL翻訳の精度の高さなどを考えるとそういう日本語の紛れすらも解消するほどの進化ができるというのも事実かと思います。
あらゆる技術革新の途中経過において人間が迫られる選択は、人間自身が技術にすり合わせて先んじて利用を開始するのか、それとも多少遅くなってでも技術のさらなる進化を待ち、人間はツールをただ使うだけの状態になるまで待つのかのどちらかなのではないでしょうか。

今回は以上になります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました