継承という川

今回は継承という川という話をさせていただきます。

継承というのは業務の引き継ぎや、知識の共有といった意味ですね。社会の労働状況を考えてみると、情報の共有は上司と行われると思いますが、実際にそれに伴う業務のフローの共有、引き継ぎは下から上には行われないという状況になるかと思います。これが川の流れのようだという話ですね。

業務が川の流れのように上から下にしか流れないとすると、あなたは自分の直属の部下ができない限り業務共有対象がいない事態になるという事です。

ここから言える事は、属人化の正体は人手不足な社会において継承のトップダウン化だという事です。

あなたがコミュニティにおいて上の立場に立つようなことがあった際には、部下にしかできない仕事がある事、それが増える一方であることは自身の継承意欲の低さを悔いるべき状況です。
そのやり方が通用した時代も当然あったかとは思うのですが、それは次の世代が約束された状況での話であり、人が入らない、入ってもやめるという状況での継承の一方通行は避けなければいけないと私は考えます。

ただこの話はおそらくまだ掘り切れていないとは思っており、マネージャーの仕事は自分より凄いプレイヤーを作る事であるという風に言われていることなどとは相反する考えだという自覚があります。例えばスポーツ選手の監督というのは必ずしも選手時代優秀な成績は収めていないにもかかわらず、その監督手腕により自分以上の成績を残すような選手を生むようなことはよくあります。

上記の相反するように感じる部分なども踏まえ、もう少し正確に言語化したいと思うテーマですね。

本日は、継承は川の流れのようにトップダウンに今でも行われているという話をさせていただきました。

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