批判否定という肥料

思考法

今回は批判否定という肥料という話をさせていただきます。

人間何かしら選択を行動をすると、そこには同時に別の選択肢を捨てるという行為が伴います。そのため、行動をしている人間にはこっちの選択の方がいいといった批判や、その選択は間違っているといった否定をされることに繋がります。どうしてもそういう人の意見というものは気になってしまいますし、応援の声より批判否定の声を挙げる人の方が活発で声が大きいことが多いので、人によっては結構病んでしまうかもしれません。

今回は批判否定の解釈を変えて弱気を行動を怖がらないで済む人が増えればいいなという意図での投稿ですね。自分の存在、人生というものを私という畑を耕していく活動と考えてみた時、批判や否定は自身の畑を豊かにする肥料だと私は考えるようにしています。一見すると肥料ってお世辞にも良いものには感じないですよね。批判否定も同じで、真に受けたり精神にダメージを受けてしまうと損なのですが、自分の行動に対する評価を周りの人間が勝手にしてくれるという状態は、実はかなり時間的に得をしている状態と言えます。

気に入らない先行で言ってくるような人だとしても、論理破綻な批判をして恥をかくのは避けたいはずですので、事実としての私の問題な部分や活動目的達成における課題部分を交えた批判否定をしてくれます。事実と主観は切り離せとはよく言いますが、私自身が自覚できていなかった事実を取り入れつつ、相手の主観は切り捨ててしまえば、批判否定は肥料のように得にしかなりません。

メンタルを強くすることは人の気質によるものなので難しいですが、考え方の転換は事実を用いることでできる事もあります。以上のような解釈を駆使して、批判否定を活かしていけると行動がしやすくなるかもしれません。

今回は以上となります。

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